
小学生~成人するまではあまり母親の気持ちを理解したいと思えなかった。
小学校時代から父の影響でスポーツを始め、二人三脚で父にはサポートしてもらい考え方や生き方も尊敬していた。成人し競技生活から離れ将来の夢もなくぼんやりと焦りを感じていた頃、何故か母との日常の会話に苛立ちを感じてしまっていた。当時の私は母のネガティブな発言が許容できる余裕もなく、母に対して怒ったり無視したりしていた。ただ母なりに離れて暮らす私を気遣って電話してくれたり漠然とした話も飽きずに聞いてくれていたし、私からも歩み寄りが必要なんだと感じていた。ここ最近までは結婚など自分の生活が大きく変わることもあり、友達、親、将来のことで悩みが膨らみ自分の限界を超えていたと思う。他人のせいにして自分の現状の良いも悪いも全て投げ捨ててしまいたかった。
その時に、以前から一人旅をしてみたいという夢があり、旅行がてら一人の時間を持とうと考えた。だれも私のことを知らない土地で、だれかから見た私じゃなく、私が思う私らしさを見つめたいと思った。すぐに宿泊予約をとり、3日後に山梨に向かった。
夕方現地に着きその日は居酒屋でゆっくり名物を肴にして飲もうと、開店してすぐに入れるお店を探した。入った店は夫婦で営む居酒屋で家庭料理もあるアットホームな雰囲気の店内だった。
初めは一人でひたすら食べて飲んでいたが店主と女将さんの方から話しかけてくれて、お酒の力もあり気づけば山梨に来た経緯や悩みなどプライベートな話をしていた。夫婦の間には昨年結婚した娘さんがいるようだった。私と母との関係が良くなるきっかけがもらえると感じ、私は母の気持ちがわからないと相談してみた。女将さん自身も娘さんとの間に葛藤はあったようで、関係がぎくしゃくしていた時期もあったとのこと。でも親は、たとえ子供が自分のことを嫌いで無視されていたとしても、ずっとその子の親なんだと言っていた。何を言われても愛想が尽きないくらい愛している、だから親は死ぬまで子供の心配をして、幸せを願っていると。
その言葉を聞いて旅行から帰ってすぐに本心をそのまま伝えたいと母に電話した。もしかしたら愛想尽かされるのではという怖さを超え、荒々しさと涙でこのままは辛いと言った。母はずっと聞きながら寄り添ってくれていた。そういえば私が落ち込んでいる時、母はずっと話を聞いてくれていた、昔から変わっていなかった。どんなときも愛されてた。
そして今私は愛する人との子を授かった。次は私が母になる。この子を最初から最後まで愛しぬく覚悟はまだ持ててないかもしれない。小さい頃の私は母の手に連れられ遠出したり新しい世界を知った。学生時代は人、環境、体験に興味を持ち始め自分が思うままに歩き出した、大人になってしばらくは、世の中は曖昧や嘘が常識で礼儀なんだと痛い程経験し、それでも本心を隠せない生き辛さで自分の殻に引きこもっていた。そのどの局面にも母は見守ってくれていたなと思い出す。歩いて止まって、また歩き出す。もうすぐ、まだ見ない子供との生活が始まる。母がくれた愛を、私は子供に繋げていきたい。母になるため母の元に還ってきた。同じやり方なんてない、いろんな形で愛を継いでいく。
私を母にしてくれてありがとう。


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