
天才って言われる人はいつから言われ始めるのかな。
あの人は天才だと言われるには周囲からの評価による。でもその前にきっと一段階、否定されることや嫉妬から足を引っ張られるとか、人が離れていく「孤立」を経験していると思う。それを孤独と呼ぶかは本人次第になる。何か新しいことを始めるには勇気がいる。馬鹿にされるかもしれない、何の価値も生み出さないかもしれない。それなのになぜやるの?
始めたばかりの時は何も答えられない。ただ楽しそうだったから、可能性を感じるから。ではダメかな。お金にならないもの、自分にも他人にもだれのためにもならないものに時間を注ぎこむなんてと言われたら、そのとおり!反論しなくていい、自分にしか見えない世界、見えてない価値、それを表現するかは自分にかかっている。最近は馬鹿にされるものの中に天才の種が埋まっていると思う。
小さい頃に読んだ、「みにくいアヒルの子」が絵本の中で一番印象に残ってる。
生まれてから周りと自分の体の色が違っていることにコンプレックスを抱くアヒルの子供。兄弟たちも自分たちと違う色をしていることでからかいの標的にされていた。そこから成長とともにだれもが羨む美しい白鳥になったよ、という内容だった気がする。小さい頃は正直さが残酷で友達の容姿、行動に対して本人に醜いと言ってしまう時期。私自身言われたし言ったこともある。過去を振り返れば残酷だったなと今になって反省や傷つくことも可能。楽しければ他人の傷口なんて気にしない、なんでもありの世界だったように思う。大人になって目立っていじめてくる人はいなくなっても、影では相変わらず凄まじい。気持ちのよくない褒め言葉を添えて、じわじわと心を侵略してくる感覚がある。表に正直な自分を出せば出すほどその声は強くなる。
この絵を描いた時、突き抜けたい自分がいた。まだ何者かになってはいないけど、この輪の中にずっといたら自分はいなくなって輪の外の人たちと一緒になって才能を潰す側になると思った。それは自分の可能性を自分で潰すこと。始めてもいないのに諦めるのは来る幸せを事前にシャットアウトすることだと思う。恥ずかしくても、やってみる。それでしか周りの声が気にならなくなって、いずれ止むことはないと思った。行動→行動→行動、これ一択。やらないことが私にとっての最大の恥。


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