
これまでの過程で自分ってこんな性格なんだろう、と大きな枠ができる。
学校、職場、プライベートで色んな人と接してみて、あなたはこんなところあるって言われるとそれが自分の性格になっていくし行動にも影響される。ポジティブな面として褒めてもらえたら長所になるし、それを短所としてつつかれれば性悪ってことになる。
鵜呑みにしてると自分を良く思わない人からは私を我儘だってレッテル貼られる、というよりそのまま100%で受け取るから自分のことを嫌いになる。これが自分に対するレッテル貼り。
以前の私なら褒められたらそんなことないって謙遜してるわりに批判はそのまま吸収して落ち込んでたな。かなりの自分嫌いだった、あの頃は優しくしてあげられなくてごめん。
自分の中にも偏見はあって、自己主張と自己中心的発言の境目がよくわかっていなかった。だから人を傷つけたこともあったと今、過去を振り返ればいくらでも出てくる。逆に周りにも偏った意見、正論に見せかけた主観をぶつけてくる人もいる。誰の、どこまでが正しいって悩んだ時期もあったけど、どちらも50%正しくて50%間違っている。最近は人と話す時に50/50を前提に置いている。
自分にも他人にも偏らない姿勢が心地いい。だから上下関係が色濃い環境、肩書き重視の人といると必然的に自分が値踏みされ、さらにそこに甘んじる自分の両方から段々と体中にレッテルが貼られていく。レッテルが貼られたらもうそこから前に進めない。友達に囲まれているのになんだか寂しい、ほんのり地獄ループ。
他人から好かれるか嫌われるかは50/50、最後まで本心を知ることはできない。でも自分を100%好きでいることはできる。そのためにまず優先させたいのは居心地の良い環境に行くこと。常に流行りも常識も目の前の大切な人も変わっていく。これまでの人間関係に囚われるといつの間にかほんのり地獄な気分。
過去の自分を語るのは自分でも他人でもないし、これまでの失敗はちょっとした武勇伝として語れるくらいにしてレッテルを置いていこう。過去に縋り付いてくる人間がいたら手放そう。
新しい場所でお互いに心地よい人間関係を築ける仲間を見つけにいく。


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